いつまでも長引いていた梅雨が明けたと思ったらいきなりの猛暑、めちゃくちゃに暑い日が一週間ほど続いたあたりで、気づいたらお盆になっていた。

夕暮れ時に吹く強めの風は、むせ返るような熱気を一気に湖まで運び、気温を下げてくれる。比良山系に沈む夕日は、日増しに力を失っていくように見える。つまり、琵琶湖周辺はすでに残暑の色に染められている。2020年は、本当におかしな一年だと思う。

私が住む琵琶湖畔は透き通るように美しい水が特徴で、東岸(都会側)の琵琶湖しか知らない人にとっては、こちら側が毎年夏になると湖水浴客でごった返すなんて言ったところで想像できないかもしれない。東側の深緑色の水しか見ていなければ、まさか琵琶湖で泳ぐなんてと思うだろう。

しかし、確かに私が住むこのあたりの湖は、ここはハワイかというぐらい、美しく透き通る水をたたえている。そして例年であれば、この時期は国道が他府県ナンバーの車でごった返し、そこらじゅうから焼き肉のタレのにおいがただよってくるほど、普段はのどかな田舎町が突然、ザ・リゾートと姿を変える。しかし今年はやはり、例年に比べて人が少ない。国道もそこまで混雑していない。

わが家もすっかり夏休みモードで、息子たちは連日家でゴロゴロしているし、夫も長期休暇で在宅している。愛犬ハリー号も当然ずっと家にいて、とりあえず、家のなかに誰かが常にいる。つまり、私はどんどん苦しくなってきている(ひとりの時間が好きだから)。

ということで、夕暮れ時にひとりでドライブに行くようになった。少し足を伸ばしていつもは行かないスーパーやコーヒーショップに向かい、時間を潰す。ベンチに座って本を読むこともあれば、ノートパソコンを持って出て、仕事をすることもある。何を隠そう、これもコメダで書いている。コメダ最高。

先月ぐらいから、初盆だなと少しだけ意識していた。もうすでに100回ぐらいはここにも書いてきてことだけれど、兄が亡くなってはじめての夏だ。あまり信心深いとは言えない私だが、なんとなく、なんかしてあげないといけないのかななんて考えていた。もう私のことなんて、いや、私だけではなくて兄のことだって、きれいさっぱり忘れて幸せに暮らして欲しいから、兄の元妻の加奈子ちゃんには頻繁に連絡をしないようにしてきた。でもやっぱり、昨日は「初盆ですね」とメッセージを送ってしまった。

加奈子ちゃんはいつもの調子で、明るく返信してくれた。そして最後に思い出したように、甥の良一君が本の存在に気づいたと書いてあった。すごく驚いた。私の想像よりも数年早くバレているではないか。私は漠然と、中学生ぐらいになったら気づいてしまうかもしれないなあ~、そのときどうしようかな~とアバウトに構えていたのだけれど、もうすっかり知ってしまっているらしい。デジタルネイティブは侮れない。

長い間兄と二人きりで暮らしてきた彼にとって、兄は絶対的な存在だっただろう。それなのに、叔母さんだという人物が突然書いた本には、その絶対的存在の父の、なんだか違う側面が書いてある。……こういうのって難しいですね。

甥は「兄」としての父を知らないし、私は「父」としての兄を知らない。そして私は、兄が成人してから死ぬまでのほとんどの瞬間を、まったく知らない。兄の喜びも、悲しみも、悔しさも、侘しさも、ほとんどなにも知らずに、残された荷物だけでそれを読み取り、確執の記憶と織り交ぜ、書いた。残された人たちにどうしても伝えたいことがあったのだ。美しいところばかりは書けなかったけれど、私しか知らない兄を書けたと思う。でも、その、「私しか知らない兄を書けた」というその気持ちこそが、とても傲慢なのではないか。そう考えるときもある。

もし機会があったら、私が知らない兄のことを教えてください……と、誰に宛てるでもなく、書いておきます。

****
お知らせ
中江有里さんが夏休みお勧めブックガイドに「私が選んだベスト5」の一冊として『兄の終い』を選んでくださっています。感激。

中江有里「私が選んだベスト5」 夏休みお薦めブックガイド | レビュー | Book Bang −ブックバン−レティシア・コロンバニ『彼女たちの部屋』。百年の時を隔てたパリ、二人のヒロインの物語を綴る。…www.bookbang.jp

そして、CCCメディアハウスのnoteでは、試し読みもスタートしています。https://note.com/embed/notes/nc13716f7ca93